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第62回 「私の生い立ちと歩み」

2012年01月06日

彼は心臓病の退院後、家で療養していました。その日も大きいコタツの側で寝ころんで(横になって)いたそうです。向い側に坐っていたおふくろさんが、声をかけても動かないし、余りに時間が長いので、風邪でも引いては大変と肩をたたきに行って異変に気付き、救急車で総合病院へ運んだのですが、もう事切れていたそうです。知らせを聞いて私もすぐ病院へかけつけました。医師の診断後、彼の遺体はベッドのままで家族のいる部屋へ運ばれて来ました。覚悟はしていたものの、目前の現実に一同は凍りつきました。そして・・・94才のおふくろさんの嘆きや、長男君の痛恨の叫びは、もうここに書くことは出来ません。今思い出しても涙があふれてきます。
葬儀で私は弔辞を読みました。家族を愛し親類を思いやり多くの仲間と心を合わせて、地域農業の改革者でもあった彼の体は彼岸に旅立たれても、彼の心はずっと私達の中に生きている―と私が読み進んだ時、参列者いっぱいのJA葬祭場は水を打ったように静まり返りました。
同人誌『飛翔』の中に「人は二度死ぬ。本当の死は人の心中から消えた時だ」と書かれていました。その意味では、私の親友たちは死んでいない。生涯、私の心の中で、一等星のごとく光り輝いて、生き続けることでしょう。

もう一人の親友は、北九州市の浜村和明氏です。彼も私より年下ですが、中小企業家同友会の中で、はからずも結びつきが出来た人です。同友会の全研(全国経営者研究集会)では、全国の、すぐれた経営者の体験発表を聞くことが出来ます。私は自分が参加出来なかった分科会のなかで、ぜひ聞きたかったと思ったテープを後から取り寄せて走行中の車の中で聞くことを習わしにしていました。浜村社長は、こうしたテープで知り合った人です。近代的な不動産事業を打ち立てるためには「情報」ほど大切なものはない。「明るい挨拶。握手。それが情報を呼び込む第一歩です。」と、語る浜村氏の経営体験は異業種の私に新鮮な衝撃を与えました。
この人の企業現場を見学したいと強く思い、仲間と一緒に北九州市小倉の事務所を訪問しました。
銀行と見まがうばかりの広く長いカウンターに若い女性がずらりと並び、アパート・マンションの入居希望者に、さわやかに対応していました。家主さんに代わって賃貸管理のお客様入居から、家賃の徴収・保全・リフォームまですべてを業務としていました。地域に根ざして、家主さんから信頼されていることがよくわかりました。訪問した夜は、浜村社長のご自宅で奥様方の手料理を頂き、中小企業家同友会小倉支部の大勢の人達に同友会の組織づくりについて、香川県の経験をもとに話し合いました。全出席者が会員増強について共感して盛り上がりました。今も熱い思い出となって残っています。翌朝は私達は80名の社員が集まる朝礼に参加しました。朝礼で「そーらん節」を社長が率先して、実に楽しそうにおどるさまを見学。さそわれて私達も一緒に踊ったことを覚えています。「感性が響き合う」と云うのでしょうか、この日から浜村氏と私は「親友」になったのです。
 福岡の市役所に勤務していた浜村氏が企業家になりたいと一念発起して退職後、種々の仕事を経験して「不動産中央情報センター」を興し、今日に至った経緯は、包みかくしなく彼から聞きました。

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