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第82回 「私の生い立ちと歩み」

2013年09月03日

毎日、軍事訓練のようなものをやらされました。誰かがおどけて「団長の命令は朕(チン)の命令なり」と云いましたが、事実その通りでした。「整列」「頭(カシラ)……右!!」の号令のもとに全団員が一糸乱れず行動していました。
運動会の時は部落対抗で、競技よりは「閲兵(エッペイ)」と「分列行進」に重点がおかれました。閲兵は、分団員を兵士と見て横二列に整列させて、司令官として校長先生が見回るのですが、始めは「頭、右」の位置に立たれた校長先生が隊列と併行して最後尾あたりまで歩いて止まります。先生の動きに合わせて、私達の頭の位置は左へ左へと廻して行きます。最後に「直れ」の号令があると左へ向いていた頭を正面の位置に戻すのです。
分列行進は、二列横隊のままラッパのリズムに合わせて前進します。横の列にゆがみがあってはいけません。「タンタカタンタン、タンタカタン……」二拍子のラッパの音は勇ましく全校に響き渡ります。「ラッパ手」は、低学年の頃からの、みんなのあこがれでした。私も真鍮(シンチュウ)の軍隊用ラッパを吹いてみた事はありますが、プゥーと鳴るだけで、なかなか次が続きません。大方の分団は6年生か高等科の、肺活量の大きい人達が務めていました。一糸乱れず呼吸が合っていなければ高得点はもらえず、部落での練習は小軍隊を育てると云うことで、毎晩厳しいものがありました。
気合いを入れる、と云って二列に向き合って立たせ、「対向(タイコウ)ビンタ始め!」と号令がかかります。親友のA君が私の頬を平手打ちします。次は私がA君に打ち返す、と云うわけです。
痛くないように、頬の近くで手をゆるめて打つのですが、それでも痛そう。向こうも手心を加えてくれるのですが、そのことが団長格の人達にわかると大変です。「手かげん、するな!」「こいな風にやれ!」と模範を示された私は、ホッペタが赤く腫れた上に大きい掌で耳の方も張られたらしく、耳鳴りが止まらなくなり、帰宅後家族の知るところとなりました。私を大事にしてくれていた祖母が、私の止めるのも聞かないで、団長格の人のところへ行き、「鍛えるのはええきんど、鼓膜が破れたらどうすんな」と抗議したそうです。
私はその後、きつい練習に加えて、団長格の人達の冷たい視線にも耐えなければならないと云う、二重の苦しみを味わいました。「真空地帯」と云う小説では、昔の軍隊の非人間的なイジメのさまが書かれていますが、少年団の最上学年の人達は、軍隊と同じようにだんだんと悪質なイジメを考えだしてゆきました。
出し抜けに「A地点の前へ到着順に並べ」と云われる事が、ひんぱんにありました。あわてて走り抜いて並ぶと、A地点ではなくB地点だと云い替えます。又そちらへ向いて走り、並ぶと「番号」と声が掛かり、「よーし、20番から後の者は、遅い罰として腕立て伏せ100回。始め。」となります。上級の人達は教育するよりは、みんなが困ることを、おもしろがって見ていました。

毎日、軍事訓練のようなものをやらされました。誰かがおどけて「団長の命令は朕(チン)の命令なり」と云いましたが、事実その通りでした。「整列」「頭(カシラ)……右!!」の号令のもとに全団員が一糸乱れず行動していました。
運動会の時は部落対抗で、競技よりは「閲兵(エッペイ)」と「分列行進」に重点がおかれました。閲兵は、分団員を兵士と見て横二列に整列させて、司令官として校長先生が見回るのですが、始めは「頭、右」の位置に立たれた校長先生が隊列と併行して最後尾あたりまで歩いて止まります。先生の動きに合わせて、私達の頭の位置は左へ左へと廻して行きます。最後に「直れ」の号令があると左へ向いていた頭を正面の位置に戻すのです。
分列行進は、二列横隊のままラッパのリズムに合わせて前進します。横の列にゆがみがあってはいけません。「タンタカタンタン、タンタカタン……」二拍子のラッパの音は勇ましく全校に響き渡ります。「ラッパ手」は、低学年の頃からの、みんなのあこがれでした。私も真鍮(シンチュウ)の軍隊用ラッパを吹いてみた事はありますが、プゥーと鳴るだけで、なかなか次が続きません。大方の分団は6年生か高等科の、肺活量の大きい人達が務めていました。一糸乱れず呼吸が合っていなければ高得点はもらえず、部落での練習は小軍隊を育てると云うことで、毎晩厳しいものがありました。
気合いを入れる、と云って二列に向き合って立たせ、「対向(タイコウ)ビンタ始め!」と号令がかかります。親友のA君が私の頬を平手打ちします。次は私がA君に打ち返す、と云うわけです。
痛くないように、頬の近くで手をゆるめて打つのですが、それでも痛そう。向こうも手心を加えてくれるのですが、そのことが団長格の人達にわかると大変です。「手かげん、するな!」「こいな風にやれ!」と模範を示された私は、ホッペタが赤く腫れた上に大きい掌で耳の方も張られたらしく、耳鳴りが止まらなくなり、帰宅後家族の知るところとなりました。私を大事にしてくれていた祖母が、私の止めるのも聞かないで、団長格の人のところへ行き、「鍛えるのはええきんど、鼓膜が破れたらどうすんな」と抗議したそうです。
私はその後、きつい練習に加えて、団長格の人達の冷たい視線にも耐えなければならないと云う、二重の苦しみを味わいました。「真空地帯」と云う小説では、昔の軍隊の非人間的なイジメのさまが書かれていますが、少年団の最上学年の人達は、軍隊と同じようにだんだんと悪質なイジメを考えだしてゆきました。
出し抜けに「A地点の前へ到着順に並べ」と云われる事が、ひんぱんにありました。あわてて走り抜いて並ぶと、A地点ではなくB地点だと云い替えます。又そちらへ向いて走り、並ぶと「番号」と声が掛かり、「よーし、20番から後の者は、遅い罰として腕立て伏せ100回。始め。」となります。上級の人達は教育するよりは、みんなが困ることを、おもしろがって見ていました。

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