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エッセイ第36回「同窓会 その2」

2018年06月01日

 二八会は、日帰り旅行、一泊旅行、忘年会と繰り返してやってきたが、いつも地元の男女会員が声をかければ20名は、わが社の会議室へ集まってくれる。まるでイッケ(親戚)うちのようだ。案内状の封筒入れも、名簿作りも、大世帯のファミリーのように、わいわいガヤガヤ言いながら、笑いの中で進んでゆく。実に楽しい雰囲気となる。「二八会は盛んだ」と自他共に認めあっている。それは、いつもガラス張りの運営をする。政党政派や宗教については、個人の考え方や行動に干渉しないが、個人より会の中へは持ち込まないように配慮し、一人でも出席しにくい空気をつくらない。女性を大切にする――など、いつの間にか不文律が出来て、二八会で守られている。

 催のたびごとにユーモア仕掛けによって、自主的に拠出金が集まるようになっているので、一定の財源は会計担当者が持っている。執行役と会計を別人にして、収支は会員に報告している。地元の人達の協力が一番だが、日常的には私の会社の事務員さん達が手伝ってくれることも助かっていることだ。

 時々、「趣味は?」と聞かれる時がある。私は「読書」と「人のお世話」と答えている。妻と二人で、結婚の仲人も20組くらいはしたが、各同窓会の総会も、この趣味に近いのかも知れない。「よかった、よかった。又、次の機会まで元気でな」「二八会が心の支えじゃ」と励まし合っている友の声が支えになっている面もあり、又、「お前らがやってくれるきに、観音寺へ集まれるんじゃ、ありがとう。」等々と言われると、「あーお世話して、こんなに喜んでもらえるのか」と苦労もいっぺんに飛んでしまう。不思議な同窓会の魅力に取り憑かれて、3年ごとに二八会総会を開催するとなると、あと2回目は90歳となり、どれだけの人数が集まるか?とやや心配ではある。最近の3年間で20名の人が死亡している。恩師は、100人中数名となっているが、体調の関係で前回から、全員欠席となり残念だ。私は、根拠はないが、90歳まで丈夫でいるような気がしている。生きている間は、二八会のお世話をしたいと、機関誌『絆』の中で表明した。

 もう一つの同窓会は高室中学校卒業生の同窓会である。前記のように戦後の学校制度が変わり、国民学校(小学校)6年生から、全員が義務教育の新制中学生となったので、この中学校の同窓会は、小学校卒業の人々と全員が同じである。同じ村内の同年の者ばかりで、幼い頃から9年間一緒に学び遊んだ仲である。お互いお里が知れ渡っている気兼ねのない仲間である。これまでに3回同窓会をしたが、最近ではこの会も、私は毎回お世話役の代表になっている。一昨年5月に観音寺市内で会をもった。卒業後、はじめて会う顔もあった。70年近く合わない面々もいたが、当時の面影やクセまで残っていて、実に懐かしい。かつての日のことや、現状を語り合い、今後も元気で生きてゆこうと手を握り合った。

 私の生涯をかえりみると、社会人となってからは、中小企業の真の経営者になりたいと願い、中小企業家同友会に入会して40余年学んでいるが、実経営のかたわら、お金にならないボランティア的なことを、ずいぶんやって来たなと思い返している。同窓会をはじめ、多くの会のお世話役をあれこれとやって来て、忙しい思いをしたが、何といっても同窓会の集まりは楽しいものだ。肩書きのいらない同窓生と一緒に喚声をあげた幼少から青春時代へタイムスリップして、激動の時代を思いかえすことが出来る。私にとって同窓会が活力の源の一つとなっているように思える。

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