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エッセイ第29回「高松大空襲から思うこと」

2017年11月07日

 香川同友会大学の第6講で「高松大空襲」の講話がありました。~72年前に空から戦争が降って来た~と副題があり、報告者は、高松空襲を子供たちに伝える会の会長、植田正太郎氏でした。氏は会計事務所を営んでおられる83歳の方でした。当時東瓦町に父母と住んでおられた植田氏は、昭和20年7月4日未明「ドカン」との大音響で飛び起きました。漆黒の闇が焼夷弾の落下で真昼の明るさに照らされた——―と体験談を語り始められたのですが、実は冒頭で、(空襲とは「大量放火」による大量殺人の行為である。平時であれば、犯人はいずれも死刑という最高刑で罰せられるものである。しかし、国が定めた戦争という行為に刑罰は課せられない。ここに戦争の「理不尽」「不条理」があるのだ)と言われました。

 高松大空襲は、アメリカ空軍のB29爆撃機116機の焼夷弾投下で被災者86,400人、死者1,359人、被害建物18,913戸、全市街地の約80%が焼土と化したと。終戦40日前の当時は、すでに制空権はアメリカに奪われていたので、陸軍林飛行場から迎撃機の出動は全くなし、であったそうです。

 40人くらいの聴講者の中には、体験報告者の植田氏と同年代の人達も、私を含めて数名いました。72年前の第2次世界大戦当時は、飛行機で爆弾を落とす戦いでしたが、今は敵地まで人が乗って行かなくても、大陸間弾道核ミサイルをとばしたり、無人機を操作することも出来る時代となりました。日本は、広島、長崎と2度に亘って原爆が投下され、計30万人の死者を出す大惨事となり、その被害は今も大きく尾を引いているところですが、今、北朝鮮の水爆は広島の10.6倍の威力を持っていると聞きます。

 北朝鮮とアメリカのトランプ大統領との激しい「舌戦」が本物の「戦争」に発展しないようにするには、どうすればよいのか。北朝鮮に圧力をかけ続ける一辺倒では、北朝鮮は追いつめられて、いつ核兵器に手をつけるかわかりません。日、米、中、ロ、韓、+北朝鮮の六者協議を再開するべきだと思います。北朝鮮が核に手をつければ、日、韓、米ばかりか、地球が壊れるやも知れない人類最初で最後の大惨事かも知れません。平和憲法を持つ日本が、話し合いのリーダーシップをとれば、全世界から尊敬されると思います。

 総選挙の結果、日本の「平和憲法」を「戦争する憲法」に変えようと発議する勢力が2/3以上になりました。最終的には、国民投票で決めるとなっていますが、どんな事があっても戦争をしない国として、外交で解決するように努力するべきです。今から10年経てば、日本では戦争体験を持たない人達ばかりとなるでしょう。戦争や原爆の恐ろしさを体験的に話す『語り部』は、いなくなってしまいます。戦争をなくすためには、まず、戦争とはどんなものなのか体験を見聞することだと思います。

 三豊市は4年前に戦争体験記集を発刊しました。観音寺市も来春は発刊出来る予定です。

 私達は72年間どの国とも戦争をしないで、平和を保つことが出来ていますが、これからも、市民一人一人が平和の主体者となって憲法を守り、絶対に戦争をしない国づくりを進めることを願うのみです。

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