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エッセイ第27回「大林宣彦映画監督のお話」

2017年09月02日

 観一高で7月5日に『青春デンデケデケデケから25年』と題して、映画監督の大林宣彦氏の講演がありました。観一高全日制の生徒751名と全職員、同窓会執行部の一部が一緒に聞かせてもらいました。

 杖をついて登壇した大林監督は、「自分は80歳に近い。余命10ヶ月と言われている。」と切り出されました。「かつての第二次世界大戦時代は、国民は思想が統一されていて、『死ね』と言われれば、みんなその方向で死んでいった。国民は『本を読んではいけない』とも言われていた。軍国時代のリーダーは、国民が自由に本を読む事で、人それぞれに違った価値観を持つと、戦争に向けて全国民が一体になって、突き進む時に困ると考えたからである。遡って、明治時代は、国家が決めた方向に国民を行かせてしまう。女性に対しては“産めよふやせよ”の号令で男子を生み、兵隊に行かせるという国づくりをした。」

 大林監督と私は年が近く、戦時中は同じ体験をしましたので、監督の言われることが、正にその通りと、とても良く伝わってきました。

 「観一高は、伝統あるエリート校だ。この学校の昭和43年卒の芦原すなお氏が『青春デンデケデケデケ』の原作者だ。この作品を読んだ人は?」との問いに生徒の中から数人の手が挙がりました。こんなに少数なのかと内心驚きました。

 「みんなで自由にロックサウンドをやれるのは、世の中が平和であるからこそである。もう二度と戦争は嫌だ。平和であって欲しいとの願いが満ちあふれている。観一高生は、頭が良いということだけでなく、人間としての温かさや楽しさがわかる人、悲しみや痛みがわかる人であって欲しい。」

 「その後、渡来して気が付いたが、ハーバード大学で『青春デンデケデケデケ』の映画が大変人気があった。今ではアメリカは元より、世界中から、この映画は素晴らしいと評価をされている。」

 『デンデケデケデケ』は原作通り、全部観音寺弁である。そのままで映画化した。スタッフは一カ月前から観音寺に住み込んで、生活をした。観音寺弁で女の子を口説いてみよ———と言ったり、ドキュメンタリータッチで魚屋へ買い物に来た町内の人と受け答えが出来るまでになった。

 ———あれから、25年になる。高校生の皆さんも卒業時は選挙権を持つようになる。戦争の間違いにしっかり気付いて、過去から学んで過ちを犯さないようにしよう。この国の指導者を見ていると、これで大丈夫かなと思う。本当に日本を素晴らしい国にしようとしているのだろうか?『共謀罪』は個人の考えの自由を奪ってしまう。本当の民主主義は、一番力のない最も弱い人々を助ける事だ。自分の考えと違う人の話にも耳を傾ける。お互いの違いを認め合って、傷つき合って、支え合って、平和な世界をつくってゆく・・・それが民主主義だ———。戦争をしてはいけない———と。平和の大切さを訴えるお話でした。

 とても飾り気のない、ほのぼのとした一時間でした。観一高生の胸に響いた事と思います。

 大林監督から頂いた色紙には『映画は、穏やかな一日を、創る』と書かれていました。

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