三宅会長「生い立ちと歩み」
第22回 「私の生い立ちと歩み」
2010年09月03日
シリーズ15回目以降、子会社のことで筆が進んでしまったので、三宅産業本体の企業活動を中心とした私の生きざまの方へ戻します。
(多能者の育成)
時代はバックします。12回に少し書きましたが、三宅産業ではLPガスを基礎として、給排水衛生工事、厨房工事、空調工事、電気工事等から住宅リフォームへと事業を多角展開してゆきました。その中で「多能者」の育成が大事なことだと気付き実行しました。水道工事から入った職人は、電気工事をやりたがらない風潮がありましたが、時代の流れを自覚させ自分の能力をどんどん高め広めて行こうと呼びかけました。とりあえず、一人が5ヶ以上の異なった国家試験に挑戦しよう。そのためには、受験しやすい制度や、合格後は定年退社まで、毎月続けて受取れる褒賞金制度の確立などに力を注ぎました。
それは、こんな事がきっかけでした。私が走行中、あるハウスメーカーの現場の前を通り過ぎ、わが社の社員が5名も立っていることに気が付きました。後から、それは中間検査の立会いであったと聞きました。5人とは、電気工事の職人と管理者、水道工事の職人と管理者、及び営業担当者です。そんなに大勢の人が出て、半日もかかったそうです。請負工事費は30万程度でした。これではとてもやって行けません。そこで一人の職人が電気工事と水道工事を一緒に施工する力をつけて、工程が定まっている現場では、営業担当者が現場管理を兼務することとしたのです。その方が元請の側もやりやすいと喜ばれました。わが社はこれまで5人かかっていたものが、1.1人に合理化できたわけです。
(ながァーいおつきあい)
台所や浴室を改造して、住宅設備機器を納入する。配管工事、電気工事など、すべてわが社で施工させて頂いた後は、燃料(ガスや灯油)もわが社から供給し、火災保険にもご加入を頂く。こうして、このお宅とは、ずーっと半永久的なお付き合いが出来る方向を打ち出しました。
ある日、大阪方面の業者が10人くらいわが社の展示場を見学に来られました。聞けば松下電気の勉強会で、M社の経営がとり上げられ、地域立脚型企業、お客様への奉仕の心、多能者の育成、お客様との永いお付合いの仕方などを分析して「めざすはM社だ」となったとのこと。そのM社が三宅産業であったことで大勢の見学となったのにはびっくりしました。
(経営指針書づくり)
私が入会している中小企業家同友会で学び始めますと、経営指針書は船の羅針盤と同じだ。目指す方向がわからなくては航海は出来ない。と言うことがよくわかって来ました。指針書を早くつくりあげたい、と心は焦っても、なかなか着手出来ません。
まず「経営理念」づくりに取組みました。自分は、何のために経営しているのか。お客様や社員との関係はどうあるべきか。その根本的な私の考えを一言で表現出来るように考えました。当時は誰も指導してくれる人がなく、本を読んだり、先輩に教わったり、講演を聞いたりして、やっと数年がかりでつくり上げることが出来ました。







