連載

三宅会長「生い立ちと歩み」

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第11回 「私の生い立ちと歩み」

2010年09月01日

〈LPガスの販売をはじめる〉

 自分が主力で売っている石炭が、急激に姿を消す。こんな情けない不安なことはありません。正に「激変消滅」の燃料革命でした。営業に行く先々が、石炭から重油やガスに転換してゆきました。「三宅さん所とは、おじいさんの時代からの取引じゃったが、時代の流れじゃなあ」などと云われました。文字通り朝星夜星働いても売上はどんどん落ちてゆきました。時代は音たてて流れていったのです。「どうしたらよかろうか」と考えました。

油の販売には、ローリー車や貯油タンクなど大きな資本が必要ですが、銀行は中小零細企業には金を貸さない時代でした。毎日のように貸付係のところへ足を運び、30万円の金を借りるためには、担保以外に頼みにくい親戚の保証人の印をもらわなければなりませんでした。

とりあえず、LPガスの販売をはじめました。昭和34年(1959年)私の25歳の時です。家庭用の直売と共に営業用・工業用の販売と農協を中心とした卸売りもはじめました。

LPガスの充てん工場をつくるための当時の乙種化学主任者免許を取得する為、社内勉強会をはじめました。一日の仕事が終了した後の夜の時間に、観一高化学の近井先生(後の校長)に講師をお願いしました。若い私が先頭に立って、中年の営業の人達や運転手など数名が、新時代を切り開く熱意で勉強をしました。妻も一回で合格した中に入りました。

「LPガスとは、リクイファイド・ペトロリウム・ガスの略で、液化石油ガスです」と冒頭に解説された近井先生の表情と発音を今も鮮明に覚えています。そして、「ボイル・シャールの法則」などは今も生きていて、あの時しっかり学んでいてよかったと思います。

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