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		<title>第66回　「私の生い立ちと歩み」</title>
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		<pubDate>Tue, 01 May 2012 07:17:44 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[三宅会長「生い立ちと歩み」]]></category>
		<category><![CDATA[新着情報]]></category>

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		<description><![CDATA[２番目の姉は私より６才年長で、私と文子姉ちゃんは、「こんまい姉ちゃん」「こんまい、ちゃん」と呼んでいました。この姉は、戸籍だけを子供の無かった母の叔父（三谷玄市）に入れていたので、わが三宅家で一緒に生活しながら一人だけ三 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>２番目の姉は私より６才年長で、私と文子姉ちゃんは、「こんまい姉ちゃん」「こんまい、ちゃん」と呼んでいました。この姉は、戸籍だけを子供の無かった母の叔父（三谷玄市）に入れていたので、わが三宅家で一緒に生活しながら一人だけ三谷道子で育ちました。当時、このような立場の人は姉の同級生にも二人いました。周りから「三宅さん」と呼ばれても「三谷さん」と呼ばれても返事しなければならない、と、こぼしていた事がありました。「こんまい姉ちゃん」が小学校の上級生の頃、農繁期には小学校で『臨時託児所』が開かれていました。私も姉につれられて行ったことがあります。「この子、道子さんの弟な」「よう似とるわ」などと、大勢のお姉さん連中に囲まれ顔をのぞき込まれて、恥ずかしさの余り、私は声をあげて泣き出しました。「うちでは偉そうに云うとっても、皆なの前では泣いてしもうて、内弁慶じゃなあ、この子は」と家に帰って、しかられたことも覚えています。<br />
「こんまい姉ちゃん」が観音寺の女学校へ通っていた時に第二次世界大戦が始まりました。学徒動員令が出て、女学生は「挺身隊(ていしんたい)」と呼ばれて、航空機の部品をつくる工場（白川航空）へ通うことになりました。女学生の服からモンペ姿になり、兵隊さんの戦闘帽をかぶって防空頭巾を肩から斜めに下げていました。もう女学校の楽しい勉強はなくなって、17才の乙女が指のツメの中を黒くして作業をしていたのです。この時代、いわゆる机上の勉学やスポーツはなく、宿題などもなくなっていたのか、国威掲揚の為か竹ヒゴを曲げてつくる日の丸のついた模型グライダーの作品提出がある様でした。模型グライダーの翼の先は左右同じようにヒゴを曲げないとバランスをくずして飛ばなくなります。男の子の工作が６ツ違いの姉の宿題になって、このときばかりは私が手伝いすることになりました。<br />
私が満1歳の時に父は病死したのですが、次姉はその時７才で父のことをぼんやりと覚えている様子でした。それでもわが家は大黒柱の父を失い、女性ばかりの中にただ一人の跡取り息子である私は、母はもとよりおばあさんからも姉たちからも大事にされました。私が近所の男の子たちにいたずらをしてしかられた時、なぜか母ではなく「こんまい姉ちゃん」がことわりに行ってくれたことも思い出します。姉たちの中で一番に決断が早く度胸があったように思います。<br />
戦後、長姉の結婚についで、この次姉も隣村の金物商の長男と結婚しました。当時はまだめずらしかった棒ハンドルのマツダ三輪車を義兄が運転して、その助手席へ、エリ巻きをハタつかせた次姉が乗って、よくわが家へやって来ました。♪晴れやかな君の笑顔やさしく、我を呼びて♪・・・岡晴夫の歌うこの歌を聞くたびに私は「こんまい姉ちゃん」の三輪車の情景を思い出します。<br />
高卒後商売の道に入った私は、先輩商人の次姉の主人とは、一番交流が盛んになってゆきました。この義兄は、チマチマした家業の金物店が大嫌いで、大きい体格そのまゝにドカーンとした大きい仕事をやろうと考えている野心家でした。若い主人の破天荒なさまは次姉を悩まし、弟の私によく相談に来ました。「道子は嫁に来て子供も出来て何年もたつのに、いまだに実家のことの方を心配している」と義兄が笑うと「そら、本山（嫁ぎ先）は男の家族が何人もおるけど、実家の男は若い昭二だけじゃきになあ」と次姉は当然のように答えていました。</p>
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		<title>5月のごあいさつ(H24)</title>
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		<pubDate>Tue, 01 May 2012 07:14:40 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[社長便り]]></category>

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		<description><![CDATA[新緑の色増す季節、5月となりました。入社当初は戸惑っていた当社の新入社員も、少しづつ馴染んできたのでしょうか。笑顔を見せる機会が随分と増えてきたような気がいたします。願わくば、5月病などにかからずに、すくすくと育っていっ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>新緑の色増す季節、5月となりました。入社当初は戸惑っていた当社の新入社員も、少しづつ馴染んできたのでしょうか。笑顔を見せる機会が随分と増えてきたような気がいたします。願わくば、5月病などにかからずに、すくすくと育っていってもらいたいものです。<br />
失敗に終わったとは言え、北朝鮮がついにミサイルを発射してしまいました。世界中から非難を浴びているにもかかわらず、金正恩氏はわれ関せず、自分が強力な権力を持った後継者であることを誇示したいのでしょうか。<br />
今年は米国、ロシア、フランス、韓国、台湾で大統領・総統選が行われます。中国では中共党大会で習近平氏の総書記就任が確実視されています。各国首脳の刷新に伴う政策変更で、日本を取り巻く国際情勢が不安定化するリスクがあり、激動の12年と言われています。<br />
どんな厳しい社会情勢の中においても、我々は地域の皆様の「美しい生活の創造」のお役に立つ為に、努力し続けてゆきますので、これからもよろしくお願いいたします。</p>
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		<title>第65回　「私の生い立ちと歩み」</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Apr 2012 07:02:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyakesan</dc:creator>
				<category><![CDATA[三宅会長「生い立ちと歩み」]]></category>
		<category><![CDATA[新着情報]]></category>

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		<description><![CDATA[親友については、書き切れないのですが、ひとまず置いて、幼少から今日まで私の人生に影響を与えつづけた家族のこと、特に姉たちについて書いてみたいと思います。
私の出生後、1年程たって、奈良の吉野から養子に来ていた父は病死しま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>親友については、書き切れないのですが、ひとまず置いて、幼少から今日まで私の人生に影響を与えつづけた家族のこと、特に姉たちについて書いてみたいと思います。<br />
私の出生後、1年程たって、奈良の吉野から養子に来ていた父は病死しました。30半ばの母が中心でおばあさんと3人の姉たちと私の一家です。男性は末息子の私だけでした。母や祖母は、女の子は大きくなったらお嫁に行くのだから何といっても跡取り息子が一番大事と思って育てられたように思います。<br />
三人の姉たちもみんなやさしく、世話焼きで、よく弟の面倒を見てくれました。歳はみんな三つづつ違っていました。末姉とは、協力し合ったり、悪口を云い合ったりの仲でしたが、いない時は淋しく「文子姉ちゃんどこへ行ったん」とさがしていました。第二次世界大戦中の国民学校（小学校）低学生の頃は、特に食糧難の時代でした。商店はすべて店を閉じていたので、「おやつ」など望むべくもなかったのです。子供はいつもおなかを減らしていました。学校では、先生からミカンもイモも皮ごと食べるべきだと教えられていました。しかし皮ごと食べるのは、おいしくないものです。ふかしたイモを少しづつ皮のまま食べていた時、ふと文子姉ちゃんを見ると、皮のない中身ばかりのイモをおいしそうに食べているのです。「どしたん？そのイモ」と聞くと、はじめに、がまんしてイモの皮ばかり食べて、その後で中味のおいしいところを、ゆっくり楽しく味わうのだと云うのです。フーン、そんな手があったのか、と私もまねるようになりました。<br />
この姉には、いろいろと教わりました。姉弟で、近くの海へ貝取りによく出かけました。アサリ、本ハマグリ、マテガイ、ツベタ、チガイ、オイガイなど、文子姉ちゃんはすばしこくて、漁師のように独特の感性で、いつも目を見張るような収穫でした。真剣な表情で、時には二の腕くらいまで深い穴を掘り、大型のオイ貝を掘り当てるなど、砂の表面を少し取除き、下に表れる穴の形で、貝の種類とその深さがわかる様子でした。「文子には、かなわん」と上の姉たちも認めていました。私など、すぐにあきてしまって、「もう、いなんな（帰りましょう）」を連発するのです。<br />
私達の住む「室本」部落の青年団主催の夏の演芸会には、文子姉ちゃんは、主役で何回も登場した事があったことを、65年後の今も覚えています。兵隊さんになったわが子を慰問する母親役と上等兵の1人2役を演じました。活発な人でした。<br />
私が高校へ入学直後に肺浸潤になり、病院へ通いながらの通学には、文子姉ちゃんが「婦人乗り」の自転車の後に私を乗せて何ヶ月も送ってくれた事も忘れません。文子姉ちゃんは、母が苦労して再開した三宅石炭店の事務を勤めた後、結婚して女・男の二児をもうけました。母親ゆずりのカンの良さで、主人や子供たちのよろこびや苦労を家族で共有しようとする姿勢で一家をとりしきっていました。<br />
20年位前に夫と死別後は、長男夫婦と共に平穏な日々を送っています。</p>
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		<title>4月のごあいさつ(H24)</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Apr 2012 06:59:35 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[社長便り]]></category>

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		<description><![CDATA[4月となりました。新一年生の初々しい姿があちこちで見うけられます。いよいよ新年度が始まったのだなと実感させられる一時です。当社にも、3名のピカピカの新入社員が入社いたしました。少し緊張の面持ちで、何事にも一生懸命取り組む [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>4月となりました。新一年生の初々しい姿があちこちで見うけられます。いよいよ新年度が始まったのだなと実感させられる一時です。当社にも、3名のピカピカの新入社員が入社いたしました。少し緊張の面持ちで、何事にも一生懸命取り組む姿が見ていて新鮮で微笑ましく、自分たちにもああいう時代があったのだなと、懐かしく思えるものですね。<br />
　例年、当社では4月初めの日曜日に経営指針発表会を開催しています。前年度の反省、今年度の進むべき方針を決め、力強くみんなの前で発表するのです。5年・10年先を見据えて、毎年変えなければならない事と、変えてはならない事をきちんと定め、目標に向かって邁進しようとするものです。<br />
　経営理念の「美しい生活の創造」を高らかに掲げ、お客様第一主義の継続と徹底こそ我々の地域社会における大事な使命であるということを、原点に立ち返って確認する日です。全社員が新入社員の気持ちに戻り、新しい年度の爽やかなスタートを切ってゆきたいと思いますので、今年度もよろしくお願いいたします。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>第64回　「私の生い立ちと歩み」</title>
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		<pubDate>Tue, 06 Mar 2012 01:38:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyakesan</dc:creator>
				<category><![CDATA[三宅会長「生い立ちと歩み」]]></category>
		<category><![CDATA[新着情報]]></category>

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		<description><![CDATA[彼の事業も不動産を軸とした多角経営となっていました。
これまでつちかって来た不動産管理のノウハウのすべてを体系づけて伝授する賃貸管理実務研修をくり返し開催しました。「聞いておきながら、ようやり切らんのです。大手のN建設な [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>彼の事業も不動産を軸とした多角経営となっていました。<br />
これまでつちかって来た不動産管理のノウハウのすべてを体系づけて伝授する賃貸管理実務研修をくり返し開催しました。「聞いておきながら、ようやり切らんのです。大手のN建設など毎回、毎回、大勢の人がくり返して受講してますわ」と浜村氏。浄水器リース事業、高齢者事業、IT関連事業、不動産業の上海への進出と撤退、異業種交流団地の推進。私の子会社からのサディションで始めた人工樹木の販売等々彼の事業展開はとどまるところを知らず、又、彼の人脈の広さ深さは私達の想像を超えていました。彼を通して、いろいろな業界の情報が私にも入って来ました。<br />
　彼と一緒にいると、私が年長と云うだけで、いつも兄貴扱いされて困っていましたが、彼は1989年～1991年の３期間、福岡県中小企業家同友会の代表理事を務めました。香川代表の私とは、東京の中小企業家同友会幹事会でも一緒になることがたびたびでした。「自分は同友会理念の体現者には、まだ、いま一歩だ。理念体現者の三宅さんから学びとりたい。事業展開は私にまかせてくれ」などと、酒をくみ交しながら、よく話し合ったものです。<br />
　「息子をしばらく預かってくれないか」と、彼がやって来て、わが社の社長室で話し合っていた時、壁面の額を見て「これはすばらしい言葉だ」これを是非わが社へ送ってくれないかと云われました。それは『学ぶとは誠実を胸にきざむこと、教えるとは、共に希望を語ること』と云うルイ・アラゴンの詩の一節です。私が高校生の頃から座右の銘のようになっています。県展入選の書家、故宮尾部長の書で今も社長室にあります。<br />
　その後、浜村氏の依頼で、同じ書を全国の１０ヶ所くらいへ送りました。現在は、小倉の大型老人ホーム“ゆうゆう壱番館”の敷地内の慰霊碑に浜村氏の顔と共に刻まれています。５分の時間も惜しんで活動していた彼が、ある時、東京へ行くのは夜行寝台列車がいいと云った事があります。誰もいない車内の個室で、独り酒を呑みながら、新たな事業展開の戦略をねったり、社員との関係を考えたりする。自分は本当に社員の気持ちを理解しようと努力したか・・・と反省することがある―――と云うのです。<br />
　ある日、ひょっこりと彼がわが社へやって来ました。舌ガンの治療をしていると云うのです。一緒に食事をしても味がわからないと。その後、種々の経緯があって彼は入院しました。広い個室へ彼はパソコンや資料を持込んで、そこを「社長室」にしていました。次に病院へ訪問した時は、その病室で「経営会議」を始めたところでした。私が退席しようとすると、無理に私を止めるのです。「三宅さんには、ぜひ聞いておいてもらいたい」と。彼は１０名近い幹部の前に立って、方針の一部変更を話しました。今から思えば自らのカリスマ亡き後の経営について考えをめぐらせていたのかと思います。私は、近くにいながら、具体的な事については何の力ぞえも出来ない自分をもどかしく感じていました。<br />
　そして、１ヶ月後彼はついに帰らぬ人となりました。巨星墜つ。ご家族や社員、家主さま、日本中の業界の人々や同友会の友人・知人の祈りは絶たれました。<br />
私の心の中では生涯一等星として輝いてゆく親友です。</p>
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		<title>3月のごあいさつ(H24)</title>
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		<pubDate>Tue, 06 Mar 2012 01:31:24 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[社長便り]]></category>

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		<description><![CDATA[暑さ寒さも彼岸までと申しますが、まだまだ寒い日が続いております。皆様いかがお過ごしでしょうか。いよいよ年度末となる3月となりました。
　当社では例年、この時期になると今年度の反省を含んだ振り返りと、4月から始まる新年度へ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>暑さ寒さも彼岸までと申しますが、まだまだ寒い日が続いております。皆様いかがお過ごしでしょうか。いよいよ年度末となる3月となりました。<br />
　当社では例年、この時期になると今年度の反省を含んだ振り返りと、4月から始まる新年度へ向けての大いなる抱負を記述した、経営指針書の作成を致しております。<br />
　新年度はどの様な年にしなければならないのでしょうか？あの東日本大震災から丸一年を迎えました。地球環境保護の視点は変わりませんが、温暖化防止ガスの削減から、省エネ・節電へと国の政策は微妙に方向が変わってきた感じが致します。<br />
　7月1日より、再生可能エネルギーの固定価格買取制度がいよいよスタートいたします。メガソーラーや水力・地熱発電などの計画がマスコミをにぎわせています。いくらで買い取ってくれるかという価格が決定するのが3月であると言われています。興味はつきません。<br />
　原発に依存しない、安心して暮らしてゆける新しい日本を、私たちの手で共に作り上げて行こうではありませんか。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>2月のごあいさつ(H24)</title>
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		<pubDate>Mon, 06 Feb 2012 07:03:36 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[社長便り]]></category>

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		<description><![CDATA[梅のつぼみもそろそろ膨らみ、寒さの中にも春の訪れを感じさせる今日この頃ですが、お変わりございませんか？風邪などひかれぬようお体には充分お気をつけ下さいませ。
　平成24年7月1日より、再生可能エネルギーの固定価格買取がい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>梅のつぼみもそろそろ膨らみ、寒さの中にも春の訪れを感じさせる今日この頃ですが、お変わりございませんか？風邪などひかれぬようお体には充分お気をつけ下さいませ。<br />
　平成24年7月1日より、再生可能エネルギーの固定価格買取がいよいよスタートいたします。この法律により、四国電力などの電気事業者は、一定の期間、一定の価格で再生可能エネルギーで作られた電力の買取が義務付けられます。その買取価格が、今月決定すると言われています。どれくらいになるのでしょうか？楽しみですね。<br />
　つい先日、当社が早朝のNHKで取り上げられました。震災以降の電力不安に対応する為には、自分の使用する電気は自分で作るという発想で、太陽光が今まで以上に注目を集めているというニュースでした。ちなみに、わが国の現在のエネルギー自給率はわずか4％だそうです。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>第63回　「私の生い立ちと歩み」</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Feb 2012 06:21:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyakesan</dc:creator>
				<category><![CDATA[三宅会長「生い立ちと歩み」]]></category>
		<category><![CDATA[新着情報]]></category>

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		<description><![CDATA[浜村氏の「不動産中央情報センター」は、売買仲介業務よりも、賃貸管理が圧倒的に多く、管理住宅は当時で15,000戸くらいもっているようでした。お客様は、主として北九州一円の様子でした。お客様は家主さまと、入居者の2通りです [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>浜村氏の「不動産中央情報センター」は、売買仲介業務よりも、賃貸管理が圧倒的に多く、管理住宅は当時で15,000戸くらいもっているようでした。お客様は、主として北九州一円の様子でした。お客様は家主さまと、入居者の2通りです。家主さまの空地利用の相談に乗り、その地へアパート・マンションの建物が竣工すると、一棟を丸ごと管理する契約を結んで、家主さんに代って入居者をさがし、敷金、家賃、入・退去のお世話まですべてこの情報センターで行います。管理科と共益金、修理費など必要経費をオープンにして差引し、家主さまには、翌月振込をします。トラブルの解消や住宅の模様替え、リフォームに至るまで、システムが見事に確定させているのです。家主さまと銀行の信頼は特に高く、いつも１０億を超える預り金をもっていると云う実にすばらしい内容の会社でした。<br />
　私達が熱望しているリピート売上が１００パーセントに近い会社です。「売り上げるシステム」から「売り上がる(・・・)システム」へ事業内容を進化させている途上でした。業績はどんどんと上がっていました。<br />
　こうした中で、彼の快進撃は、すさまじいものでした。ベンチャーキャピタルの資金（３０億）を導入して「ゆうゆう壱番館」と名付けた有料老人ホームを３棟建築しました。その中には信用金庫も、レストランも入ると云うデラックスなものでした。わが国の高齢化社会の到来を考えて国内でも先陣を切った企画でした。彼は厚生省の高齢者対策の審議委員に選ばれました。<br />
　彼の事業勘と集中力は抜群でした。私は彼から多くのことを学びました。彼の経営哲学を、香川同友会の人々に聞いて欲しいと考え、香川へも何度か講演に来てもらいました。その都度ファンが増えた気がします。私の方も彼に呼ばれて、福岡や北九州市へ行き、私の経営体験や同友会の会員増強について講演をしました。「同友会こそ経営者の道場」との考えは、私達2人の共通項でした。私は、彼の会社を訪ねてよく北九州市の小倉へ行きました。若い私が石炭を売っていた頃“小倉洗中塊”と云う銘柄炭を主力としていたのですが、「小倉」にご縁が重なっていることを感じました。そして彼と意見交換をするたびに私は教えられ啓発されていました。彼の方も私から何か得るものがあるらしく、いつも歓待してくれました。目に力のある彼の笑顔とよくひびくバリトンの声は忘れません。彼の魅力は常に新らしい高度な情報をもっていること、その情報を惜しげもなく開示してくれること、私に対しては会社のことも個人のことも、その弱さまで包みかくさず話してくれることでした。もちろん私も全く同じ対応をしていました。「私達は弱さをさらけ出して結びついているから強いのかも知れないナ」と云い合っていました。<br />
　彼は「不動産シンポジウム」を小倉で開催しました。全国の不動産業者に呼びかけて、各地から600社を超える人々が集まり、事例を出し合って分科会ごとにグループ討論をしました。中小企業家同友会の経営研究集会と同じやり方の不動産業者版です。彼は業界の人々が渇望している情報やノウハウを余すことなく提供し、業界のレベルアップをはかろうとしていました。かなり高額の参加費を負担しても、正に北海道から沖縄までの名のある業者が日程調整して、このシンポジウムだけは受けておかないと、時代の流れにとり残されるのではないか？と思い込む程の大盛況ぶりは、毎年つづいていました。このシンポジウムにかける彼のパワーは並大抵のものではなく、又社員が一体となって気くばりをし、もり上げているさまは、そのことが社員教育にもなっていて実に見事なものでした。<br />
　後日はシンポジウムの内容記録集（電話帳大）が出されると云う手の込んだものでした。　<br />
浜村氏が体調をくずして、入院するまで、彼はわが国の不動産業界の牽引役として、又地域社会にも貢献したと思います。正に革命家と呼ぶにふさわしい実践家でした。前進、前進の日々であったと思います。</p>
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		<title>第62回　「私の生い立ちと歩み」</title>
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		<pubDate>Fri, 06 Jan 2012 06:39:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyakesan</dc:creator>
				<category><![CDATA[三宅会長「生い立ちと歩み」]]></category>
		<category><![CDATA[新着情報]]></category>

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		<description><![CDATA[彼は心臓病の退院後、家で療養していました。その日も大きいコタツの側で寝ころんで（横になって）いたそうです。向い側に坐っていたおふくろさんが、声をかけても動かないし、余りに時間が長いので、風邪でも引いては大変と肩をたたきに [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>彼は心臓病の退院後、家で療養していました。その日も大きいコタツの側で寝ころんで（横になって）いたそうです。向い側に坐っていたおふくろさんが、声をかけても動かないし、余りに時間が長いので、風邪でも引いては大変と肩をたたきに行って異変に気付き、救急車で総合病院へ運んだのですが、もう事切れていたそうです。知らせを聞いて私もすぐ病院へかけつけました。医師の診断後、彼の遺体はベッドのままで家族のいる部屋へ運ばれて来ました。覚悟はしていたものの、目前の現実に一同は凍りつきました。そして・・・94才のおふくろさんの嘆きや、長男君の痛恨の叫びは、もうここに書くことは出来ません。今思い出しても涙があふれてきます。<br />
葬儀で私は弔辞を読みました。家族を愛し親類を思いやり多くの仲間と心を合わせて、地域農業の改革者でもあった彼の体は彼岸に旅立たれても、彼の心はずっと私達の中に生きている―と私が読み進んだ時、参列者いっぱいのJA葬祭場は水を打ったように静まり返りました。<br />
同人誌『飛翔』の中に「人は二度死ぬ。本当の死は人の心中から消えた時だ」と書かれていました。その意味では、私の親友たちは死んでいない。生涯、私の心の中で、一等星のごとく光り輝いて、生き続けることでしょう。</p>
<p>もう一人の親友は、北九州市の浜村和明氏です。彼も私より年下ですが、中小企業家同友会の中で、はからずも結びつきが出来た人です。同友会の全研（全国経営者研究集会）では、全国の、すぐれた経営者の体験発表を聞くことが出来ます。私は自分が参加出来なかった分科会のなかで、ぜひ聞きたかったと思ったテープを後から取り寄せて走行中の車の中で聞くことを習わしにしていました。浜村社長は、こうしたテープで知り合った人です。近代的な不動産事業を打ち立てるためには「情報」ほど大切なものはない。「明るい挨拶。握手。それが情報を呼び込む第一歩です。」と、語る浜村氏の経営体験は異業種の私に新鮮な衝撃を与えました。<br />
この人の企業現場を見学したいと強く思い、仲間と一緒に北九州市小倉の事務所を訪問しました。<br />
銀行と見まがうばかりの広く長いカウンターに若い女性がずらりと並び、アパート・マンションの入居希望者に、さわやかに対応していました。家主さんに代わって賃貸管理のお客様入居から、家賃の徴収・保全・リフォームまですべてを業務としていました。地域に根ざして、家主さんから信頼されていることがよくわかりました。訪問した夜は、浜村社長のご自宅で奥様方の手料理を頂き、中小企業家同友会小倉支部の大勢の人達に同友会の組織づくりについて、香川県の経験をもとに話し合いました。全出席者が会員増強について共感して盛り上がりました。今も熱い思い出となって残っています。翌朝は私達は８０名の社員が集まる朝礼に参加しました。朝礼で「そーらん節」を社長が率先して、実に楽しそうにおどるさまを見学。さそわれて私達も一緒に踊ったことを覚えています。「感性が響き合う」と云うのでしょうか、この日から浜村氏と私は「親友」になったのです。<br />
　福岡の市役所に勤務していた浜村氏が企業家になりたいと一念発起して退職後、種々の仕事を経験して「不動産中央情報センター」を興し、今日に至った経緯は、包みかくしなく彼から聞きました。</p>
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		<title>1月のごあいさつ(H24)</title>
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		<pubDate>Fri, 06 Jan 2012 06:35:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>miyakesan</dc:creator>
				<category><![CDATA[新着情報]]></category>
		<category><![CDATA[社長便り]]></category>

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		<description><![CDATA[新年明けましておめでとうございます。旧年中はいろいろと格段のお世話になり、ありがとうございましたお蔭様で本紙も63回目を迎えることとなりました。
2012年は辰年です。十二支の中で唯一、空想上の生き物である竜の年です。そ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>新年明けましておめでとうございます。旧年中はいろいろと格段のお世話になり、ありがとうございましたお蔭様で本紙も63回目を迎えることとなりました。<br />
2012年は辰年です。十二支の中で唯一、空想上の生き物である竜の年です。その竜が大空を駆け巡るがごとく、日本経済も長きにわたる不況から脱出して、活性化する象徴的な年と期待したいのですが、現実の厳しさは増すばかりです。新卒者の採用率が60％を切っており、まだまだ冬の時代は続いている様です。<br />
わが社では元旦の日に、今年一年に賭ける意気込みを表した「決意表明」を全社員が提出しています。それを一冊にまとめたものを元に、4月からの新年度に向けた「経営指針書」創りのベースとしています。<br />
経営指針書は、「美しい生活の創造」を経営理念とした、当社の進むべき方向を示した羅針盤です。地域社会やお客様からの信頼や期待に高い水準でお応えしていき続けたいという我々の想いを書き表したものです。今後も我々は色々な可能性にチャレンジしてゆきたいと考えておりますので、今年もどうぞ、よろしくお願い致します。</p>
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